「終活を拒む母と、FPの私が感じた“もどかしさ”の正体」

85歳になる母は、いまだに「終活なんて必要ない」と言い張る。 ファイナンシャル・プランナーとして、そして家族の介護と相続を担ってきた私にとって、それはただの“準備不足”ではなく、もっと深い問題に思える。 これは、制度と感情のはざまで揺れた、ある家族の記録。

 夕暮れの道を歩く高齢の親子の後ろ姿  に対する画像結果

終活を拒む母の姿

母は85歳。 そろそろ終活を始めるべき年齢だと、誰もが思うだろう。 けれど、母はそれを頑なに拒む。「まだ早い」「そんな話は縁起でもない」と。 FPとして、終活の重要性を知っている私にとって、それはもどかしい現実だった。

通帳の紛失と、手続きの混乱

父の遺産手続きの際、母が通帳をなくしてしまった。 しかも、自分の通帳まで見当たらない。 3つの銀行にまたがる遺産のうち、2行はなんとか手続きできたが、3行目で母の資産が明らかになり、母は動揺。 その理由は、母なりの“相続税対策”だったのかもしれない。 終身保険の受取人は私と姉になっていたが、私の取り分は姉の半分だった。

優しさに弱い母の“判断軸”

母は、優しい言葉をかけてくれる人を信用する。 詐欺まがいの高額商品を何度も購入してしまったこともある。 病院でも、厳しいことを言う医師は嫌い、にこやかに接してくれる人を好む。 物事の本質ではなく、表面の“感じの良さ”で判断してしまう。 それが、終活の話を避ける理由の一つかもしれない。

認知症の影と、届かない言葉

最近、母には少しずつ認知症の症状も見られるようになってきた。 物忘れ外来でのやりとりの中で、検査員が「なぜ息子さんの言うことが聞けないのか」と尋ねたとき、母はこう答えた。 「だって、あの子に残したら、嫁に行くでしょ」

その言葉に、私は何も言えなかった。 理屈ではない。記憶や感情が混ざり合い、母の中では“今”と“昔”が曖昧になっているのかもしれない。 だからこそ、終活の話はますます難しくなっていく。

障子越しに差し込む柔らかな光→ 日本的な終末期の静けさや、母の暮らしを連想させる。 に対する画像結果

相続と“報われなさ”の感情

私は経済的に困っていない。 だから、相続の取り分が姉と“同じ”であれば、異論はなかった。 でも、実際に母が私に残す財産は「1/3」、姉には「2/3」だと知ったとき、 「私は家族の中で、どんなふうに見られてきたのだろう」と、心がざわついた。

金額の多寡ではない。 父の介護、母の世話、葬儀の喪主、遺産手続きのすべてを担ってきたのは私だった。 それでも、母は何もしていない姉を優先する。 その背景には、姉への“情”や“負い目”があるのかもしれない。 けれど、私にとっては「これまでの関わりが、むしろ余計だったのか」と思えてしまう。 その“見えない不公平”が、静かに心を削っていく。

それでも、向き合い続ける理由

母は変わらないかもしれない。 姉も、私の思いを理解することはないかもしれない。 それでも、私は母の終活に向き合い続ける。 それは、制度のためでも、財産のためでもなく、 「自分がしてきたことに意味があった」と、自分自身が納得するために。

終わりに

終活は、ただの“片づけ”ではない。 それは、家族の関係性を映し出す鏡であり、 時に、長年の感情が噴き出す“最後の対話の場”でもある。

母がそれを拒むなら、私はどう向き合えばいいのか。 答えはまだ出ていない。 でも、こうして言葉にすることで、少しずつ整理がついていく気がしている。

家族写真のアルバムを開く手元    → 記憶・認知症・家族の歴史を象徴。 に対する画像結果

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