介護の時間と、私の心の揺れ

佐布里梅まつり

梅まつりの帰り道、春の陽気に包まれながら歩いていた。
娘、妻、そして母と並んで歩いているのに、胸の奥にはどうしても解けないわだかまりが残っていた。

父の介護、入院、葬儀、遺産の手続き——そのすべてを担ってきたのは私だった。
母はどんなに体調が悪くても、どんなに天気が悪くてもタクシーを使わない。
代わりに私を呼ぶ。
仕事中でも、会議中でも、電話は鳴る。ケアマネさんからも、母からも。

ある日、私が主催する重要な会議の最中に、母からの着信が何度も続いた。
「お父さんを病院に連れて行ってほしい」と。
徒歩なら1時間以上、タクシーなら10分。それでも母は「もったいない」と言い、私を呼ぶ。

その日はどうしても抜けられず、母は叔父に連絡し、彼が代わりに連れて行ってくれた。
母はその後も、何事もなかったかのように振る舞っていた。
誰かの時間や労力を当然のように使う——それが母の“当たり前”なのだと、改めて思い知らされた。

父が亡くなるまでの数年間、私は年に10日以上の有休を使い、夜中に詰まったトイレを直し、汚水にまみれておむつを取り除いた。
床ずれが悪化すれば皮膚科に連れて行った。
それでも母は、父が寝たきりになったのは入院のせいだと主張し、私の言葉には耳を貸さなかった。

葬儀のとき、母は親戚に「うちの息子は何もしない」と言い、香典返しにも文句をつけ、親戚とももめていた。
気が動転していたのかもしれない。
でもその言葉は、私だけでなく、周りで手伝ってくれた人の心も確かに傷つけた。

父の遺産はすべて母の通帳に入れた。
私も姉も財産放棄した。
私はお金に困っているわけではない。
ただ、85歳の母が大きな額を寝かせておくことのリスクを説明しても、もう道理が通らない。
何度話しても、母は首を縦に振らなかった。

梅まつりの帰り道、ふと気づいた。
「母が寂しいだろう」と思って迎えに行ったはずなのに、話すのも、顔を見るのも、どこかで嫌になっている自分がいた。
そんな自分に気づいて、胸がざわついた。
優しくしたいのに、心がついてこない。
それでも私は、今日も車を出し、母を迎えに行く。

最近、行政から「お母さまのことで」と連絡が入る。
一人暮らしの高齢者として、サービスを受けた方がいいと。
担当の方は親切で、言葉も優しい。
でも対応は平日の17時まで。
「次の予定があるので」と、電話はあっさり切られる。
その“やさしさ”の裏に、「親の面倒は子がみるもの」という前提が透けて見える。
制度の“やさしさ”が、時に“静かな圧力”に変わる。
それを受け止めるのは、いつも私だ。

a gentle, emotional illustration of an adult child pushing an elderly parent in a wheelchair along a quiet path lined with blooming plum trees, soft spring light filtering through the branches, conveying a bittersweet and reflective mood

私は、何もしていないのだろうか。
そう言われるたびに、自分の存在が否定されるような気がする。
けれど、歩いてきた道のりの重さは、自分がいちばんよくわかっている。

春の風の中、梅の花が静かに揺れていた。
母の背中を見ながら思う。
わだかまりは簡単には消えない。
それでも私は、私の道を歩いていく。

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