最近、「潮時」という言葉が静かに胸に浮かぶようになった。 些細なミスが続き、注意力が落ちているのを自分でも感じている。メールを見落としたり、指示を読み違えたり。 もしかしたら、心が仕事から少しずつ離れ始めているのかもしれない。
それでも、若い人たちに嫌な仕事を頼むときは、できるだけ気持ちよく動いてもらえるように工夫してきたつもりだ。 そんなある日、上司に言われた。
「問題のある人を排除しただけではないのですか?」 「問題のある人こそ、手をかけるべきではないですか?」
その言葉は、たしかに正論だった。 けれど、胸の奥にすっと落ちてこなかった。
現場で出会ってきた人たちの姿
長く現場で働く人たちと向き合ってきた。 モチベーションが高く、向上心のある人ほど、やがて現場を離れていく。 だからこそ、ラインに残るのは「言われたことをこなす方が楽」だと感じる人たちが多い。
それは悪いことではない。 ただ、そういう人たちにどう動いてもらうかは、マネジメントの教科書には載っていない。 現場でしか学べない“人の温度”を読む力が必要になる。
光る瞬間を信じてきた
普段は受け身でも、ふとした瞬間に光る人がいる。 その光を見逃さず、どう活かすか。 それが、現場を預かる者の役割だと思ってきた。
だからこそ、人の根っこにある精神を変えることの難しさも、痛いほど知っている。
守るために選ばざるを得なかった道
これまで、どんなに難しい人でも、できる限り関わろうとしてきた。 それでも、どうしても変わらない人がいた。 周囲を傷つけ、仲間を辞めさせてしまうような存在だった。
そのとき、私は初めて「排除」という選択をした。 それは誰かを切り捨てたのではなく、他のみんなを守るための苦しい決断だった。
そして、静かに訪れる「潮時」
上司の正論を前に、私はもうついていけないのかもしれない。 上辺だけの理想論では、現場の人たちは動かない。 少なくとも、私にはそう見えている。
だからこそ、今、静かに「潮時」という言葉が心に浮かんでいる。 それは逃げではなく、長く現場に立ってきたからこそ見える“終わりの輪郭”なのかもしれない。
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